低軌道衛星、中国ナビゲーション用チップメーカー各社が布陣

低軌道(low Earth orbit、LEO)衛星の構築が加速するなか、中国の衛星ナビゲーション・測位産業は新たな成長期を迎えている。北斗星通や振芯科技といった中国のナビゲーションチップ各社が戦略を再構築し、この“新たなブルーオーシャン”を巡る競争を加速させている。
低軌道衛星は高度が低く、信号強度が高く、伝送遅延も短いという特長を持ち、中・高軌道のGNSSシステムを補完する存在として、次世代ナビゲーションの中核的な推進力になりつつある。世界ではすでに低軌道コンステレーションが大規模構築段階に入り、ナビゲーションチップの技術進化と市場拡大を直接後押ししている。米宇宙開発大手のSpaceXの衛星インターネットアクセスサービス「Starlink」が既に5000基超を展開し、世界各地で広帯域サービスを提供している。
業界予測によれば、2027年には世界の衛星ナビゲーションおよび測位市場規模は1兆元(約21兆円)規模に迫る見通しだ。米Qualcomm(クアルコム)やBroadcom(ブロードコム)などの総合半導体大手のほか、u-bloxやTrimbleといった専門メーカーが衛星ナビゲーションチップの開発を強化している。
中国でも3大低軌道システム
中国でも3大低軌道コンステレーションが稼働している。中国星網(GW星座)は1万2992基、千帆星座は30年までに1万5000基超、さらに鴻鹄3号星座も1万基規模の周波数申請を終え、総計3万5000基以上が計画されている。
低軌道衛星は、信号強化・情報補強によって従来のナビゲーションの制約を大幅に改善する。特に市街地や山間部などの複雑環境で受信性を高め、使える測位機会を大きく増やす。さらに低軌道信号を融合することで、測位精度はメートル級からデシメートル〜センチメートル級へと進化し、収束時間は1分以内に短縮。自動運転や精密測量など高精度用途に十分応えられる。
これにより、ナビゲーションチップの需要は急増し、中国市場では30年に1000億元規模へ成長するとみられている。自動車分野ではL3(条件付き自動運転)/L4(特定の条件下で完全自動運転)レベルの自動運転車両の商用化が進み、高精度チップの出荷が拡大。IoT(モノのインターネット)分野では資産管理や産業巡検で低消費電力チップの需要が増し、スマートフォンでは衛星直結通信が一般化することで、低軌道信号対応のデュアルバンドチップが伸びている。
こうした流れの中、市場は多モード・多周波対応、強い耐干渉性、より先端のプロセス(22ナノメートル(nm)以下)など、より高性能なナビゲーションチップを求める方向へシフトし、世界のメーカーに研究開発(R&D)強化を促している。
国際大手は技術統合とエコシステム拡張を同時進行
世界の半導体大手は、保有する広範な技術エコシステムと低軌道技術を結びつけ、自動車・IoTといった重点分野での優位性を高めている。
クアルコムは自社のプロセッサ「Snapdragon」を軸に、自動車向けナビゲーションと低軌道衛星を融合。24年には「Snapdragon 8397」と「Ride 8797」プラットフォームを組み合わせたソリューションを展開し、センチメートル級測位とセンサー融合を実現。スペイン・バルセロナで開催された世界最大級モバイル関連展示会「MWC2024」では車載Wi-Fi 7アクセスポイント「QCA6797AQ」を披露し、車載通信と低軌道ナビゲーションの橋渡しを強化した。
台湾の聯発科技(MediaTek)は24年に5G-Advanced NR-NTN衛星テストチップを発表し、Ku帯・低軌道衛星通信に対応。100Mbps超の伝送速度を実現し、自動車から各種端末まで幅広い用途をカバーする。
ブロードコムは、自動車とIoTの高精度需要に照準を合わせ、GPSをサポートするGNSS(衛星測位システム)統合のSoC(システムオンチップ)「BCM47765」などで車載メーカーとの協力を深化。車載ネットワーク(V2X)通信と高精度マップマッチングに対応し、低軌道衛星の高精度測位にハードウェア基盤を提供している。
特定領域での優位性
専門ナビゲーションメーカーは技術の深掘りと省電力化を武器に、低軌道衛星の特定用途で存在感を強めている。
スイスのファブレス半導体メーカー、u-bloxは24年、3GPP標準準拠の衛星IoT統合モジュール「SARA-S528NM10」をリリース。低軌道衛星に対応し、連続トラッキング時の消費電力は15mW以下、高いRF感度で通信を途切れさせず測位が可能。Skylo衛星ネットワークの認証を進めている。
米ソフトウェア、ハードウェア、およびサービステクノロジー企業のTrimbleは従来のGNSS機器メーカーから全方位測位ソリューション企業へ転換中で、低軌道衛星が戦略の中心。ファンドを通じ米スタートアップのXona Space Systemsに出資し、同社の低軌道ナビゲーション技術とTrimbleの高精度補正サービスを統合。26年末に初号機を打ち上げ、27年商用化を予定している。
日本の古野電気(フルノ)は海事ナビゲーション分野の強みを生かし、既存の多星座受信チップに低軌道信号への対応を追加することで、遠洋航海の測位精度と信頼性向上が期待されている。
中国メーカーは北斗を基盤に低軌道融合で加速
中国のナビゲーションチップ企業は、中国版GPSとも称される「北斗」衛星測位システムの自主性を生かし、低軌道衛星強化技術や国産化の推進を加速させている。
北斗星通(BDstar Nabigation、北京市)はクラウド・チップ一体の戦略で、低軌道強化技術を自動運転や低空経済に応用。22ナノメートル(nm)プロセスのチップ「Nebulas IV」はセンチメートル級精度を実現し、PPP-RTKのグローバルカバーを提供。チップ+サービスによる低軌道強化型測位体系を構築している。
華力創通(Hwa Create、北京市)は、「チップ+モジュール+端末+プラットフォーム」の衛星サービス体系を整備。低軌道インターネットの初期研究を進め、高低軌道融合通信に対応した製品を展開する。
航宇微(広東省珠海市)は24年にAI(人工知能)チップ「玉龍810A」を商業衛星へ搭載。北斗短報文通信と高精度測位に対応し、極端環境でも安定稼働。次世代の「玉龍910」は国産RISC-Vで演算性能を強化し、衛星上計算と測位融合の需要に応える。
華大北斗(ALL STAR、広東省深セン市)は22nmプロセスの北斗三号向け短信SoC「HD6180」を投入。低軌道関連周波数の受信に対応し、スマートフォンや車載端末に採用が進む。HD6180の消費電力は22mW以下と主流品の8割削減、3×3mmの小型化でウェアラブル用途にも適応する。受信感度は-130dBmまで向上し、弱電界での通信性能が大きく改善した。
そのほか振芯科技、泰斗微電子、中科微電子なども北斗衛星向けチップ分野で厚い蓄積を持つ。振芯科技(CROPRO、四川省成都市)は放射線耐性技術を低軌道向けに応用可能で、泰斗微電子(広東省広州市)は低消費電力GNSSチップをIoT端末へ大量供給。中科微電子は多モード・多周波チップの設計を進化させ、将来的に低軌道信号への対応が期待される。
低軌道衛星ネットワークの加速により、測位産業は単一のコンステレーションへの依存から「北斗/GPS+低軌道強化」の多源融合モデルへと移行している。国際メーカーは標準化とエコシステムで優位に立ち、中国メーカーは北斗を軸に国産化と融合技術で追い上げる構図だ。今後、プロセスの進化、省電力化、コスト低減が進むことで、自動運転、IoT、遠洋通信などで低軌道衛星ナビゲーションが本格普及し、世界メーカーの競争と協業はさらに激しさを増していくとみられている。



