AIチップの寒武紀、25年Q3の売上高が1332%増
米中デカップリングが生む「新たな主役」

地政学的な緊張がAI演算力(コンピューティング・パワー)分野にも及び、技術覇権を競う米中両国の間で市場の分断が一層深まっている。その「空白」は、中国のAI(人工知能)チップ開発大手の中科寒武紀科技(カンブリコン、北京市)など中国企業にとって巨大なビジネスチャンスになりつつある。
寒武紀が17日発表した2025年第3四半期(7〜9月)決算によると、売上高は17億2700万元(約370億円)を計上し、前年同期比1,332%増という驚異的な伸びを示した。純利益も5億6700万元と黒字転換を果たし、前年同期の1億9400万元の赤字から劇的な回復を見せた。
規模では米半導体大手のNVIDIA(エヌビディア)に遠く及ばないものの、エヌビディアが中国AI演算力市場から退場したことで、寒武紀は最大の受益者の一つとなった。
エヌビディアの退場
米中AI算力の発展史を振り返ると、2016年8月が重要な転換点だ。米国ではエヌビディアのJen-Hsun Huang(ジェンスン・ファン)最高経営責任者(CEO)がサンフランシスコのOpenAI本部を訪れ、イーロン・マスク立ち会いのもと、世界初のAIスーパーコンピューター「DGX-1」を引き渡した。一方その頃、中国では中国科学院(中科院)発のAIチップ企業・寒武紀が創業間もなくプレシリーズA資金を獲得し、本格的な事業拡大を開始した。
その翌月、エヌビディアは北京で初の「GTC China 2016」を開催し、阿里巴巴(アリババ)、百度(バイドゥ)、科大訊飛(iFLYTEK)などと協力関係を結んだ。ここからエヌビディアの中国AI市場進出が本格化する。
21年にはエヌビディアが中国のGPU(画像処理半導体)グラフィックカード市場で80%超のシェアを握り、名実ともに独占的存在となっていた。だが22年に状況は一変する。米国政府が高性能AIチップの対中輸出を禁止し、エヌビディアの「A100」や「H100」の中国向け供給が途絶えたのだ。
その後、エヌビディアは性能を制限した「A800」「H800」などの“特別版”を中国市場に投入したが、23年秋の追加制裁によりこれらの輸出も事実上不可能となった。25年に入ると、中国向けの「H20」も出荷停止に追い込まれ、ついにエヌビディアの市場シェアは「0」となった。
「ユニコーン」から「A株の王」へ
この間、中国国内のAIチップ企業は国産化を急速に進め、寒武紀もその一翼を担った。寒武紀は17年にアリババや聯想(レノボ)などから1億ドル(約150億円)のAラウンド投資を受け、評価額10億ドル超の「中国初のAIチップユニコーン」として脚光を浴びた。さらに、華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン向けチップ「麒麟(Kirin)970」に寒武紀のAIプロセッサ「Cambricon 1A」が採用され、世界初のAI搭載スマホとして注目を集めた。
その後はクラウドコンピューティング向けAIチップ「MLU100」などを発表し、20年には科創板(中国版ナスダック)に上場。初日に株価は約3倍に跳ね上がり、時価総額は1,000億元(約2兆1000億円)を突破した。しかし巨額の研究開発(R&D)費と長い回収期間が響き、長らく赤字が続いた。
転機となったのは、22年以降の米中チップ摩擦と生成AI「ChatGPT」の登場だ。AIブームに乗り、国産演算能力への需要が爆発。寒武紀は23年こそ8億3600万元の赤字だったものの、株価は年間で約5.3倍に急騰。24年にはさらに3.8倍の上昇を記録し、「A株の王(寒王)」と呼ばれるようになった。
25年上半期の業績はさらに驚異的だ。売上高は前年同期比43倍の28億8100万元、純利益は10億3800万元と黒字転換。株価は同年8月28日に1,595元の最高値を付け、ついに「中国版エヌビディア」としての地位を確立した。
「中国AI演算力の花」
エヌビディアが撤退する一方で、中国企業は自前の演算力エコシステムを急速に整備している。ファーウェイはチップ「昇騰(Ascend)」の次世代ロードマップを発表し、「世界最強の演算力クラスター」を掲げて米国勢と正面から競う姿勢を見せた。
また、寒武紀も最新のAIモデル「DeepSeek-V3.2-Exp」への即時対応を発表し、自社チップでの最適化を実現。中国のAI企業が次々と国産算力への移行を進める中、同社の売上は急拡大している。
10月20日には新株発行で約40億元を調達し、大規模言語AIモデル(LLM)向けチップ開発への投資を強化すると発表した。寒武紀は「ソフト・ハード両面での総合力を高め、開かれたエコシステムを構築する」としている。
もちろん、寒武紀とエヌビディアの間には依然として大きな技術的・生態系的な差がある。それでも、中国のAI演算力企業が「空白地帯」を少しずつ埋めつつあるのは間違いない。
一方のエヌビディアにとって、中国市場の喪失は痛手だ。ファンCEOは「中国は世界第2のコンピューティング市場であり、26年にはAI市場規模が500億ドルに達する」と語り、政策変更への期待をにじませる。



