EU、「技術主権」確立へ本格始動 半導体・クラウド・AIで米依存脱却を目指す

AI(人工知能)を巡る国際競争が激化する中、欧州連合(EU)は長年抱えてきた「デジタル従属」からの脱却に向け、大規模な技術主権戦略を打ち出した。半導体やクラウド、AI計算基盤、エネルギーと計算資源の統合運用などを柱とする新たな政策パッケージは、欧州が米中の技術覇権競争の中で独自の立場を確立しようとする野心的な試みといえる。
欧州委員会は現地時間3日、「欧州技術主権パッケージ」を発表した。中核を成すのは「チップ法2.0(Chips Act 2.0)」と「クラウド・AI発展法」の2つの法案で、これに「オープンソース戦略」と「エネルギー分野のデジタル化・AI戦略ロードマップ」が加わる。
欧州委員会で技術主権を担当するヘンナ・ヴィルクネン執行副委員長は、「誰であっても“ワンクリック停止(キルスイッチ)”を発動できる状況を許してはならない」と述べ、デジタルインフラの主権確保を強調した。
EUがこうした戦略を打ち出した背景には、欧州の技術基盤に対する強い危機感がある。半導体分野では、オランダの半導体製造装置メーカー、ASMLがEUV露光装置で世界的な優位性を持つ一方、最先端半導体の製造能力では大きく出遅れている。欧州域内のファウンドリー生産能力は世界全体の約3%にとどまり、3ナノメートル以下の先端プロセス生産能力は存在しない。最先端製造では半導体受託生産(ファウンドリー)世界大手の台湾積体電路製造(TSMC、台積電)やサムスン電子への依存が続いている。
また、欧州は半導体設計やEDA(電子設計の自動化)ソフトウエア、IP(知的財産権)分野で一定の存在感を持つものの、x86アーキテクチャの保有企業や世界トップクラスのCPU(中央演算処理装置)・GPU(画像処理半導体)設計企業を抱えていない。欧州は「半導体を作るための装置」では強いが、「最も高付加価値な半導体そのもの」の供給では弱いという構造的課題を抱えている。
クラウドとAI分野ではさらに状況が厳しい。EU域内のクラウド市場の70%超を米国企業が占めており、欧州企業や政府機関は毎年数千億ユーロ規模を米国系クラウドサービスに支払っている。さらに米国のクラウド法(Cloud Act)の適用により、欧州企業のデータが域外法の影響下に置かれることへの懸念も高まっている。
ブリュッセルのシンクタンク「技術未来研究所(FOTI)」は今年4月の報告書で、多くの欧州諸国の防衛機関が米国クラウドサービスに依存しており、16カ国が「米国によるサービス停止」の高リスクに直面していると指摘した。
こうした状況を受け、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「病院や電力網、安全なサービス運営を他国に依存することはできない」と語り、技術主権の必要性を訴えている。
今回の「チップ法2.0」は、2023年に成立した初代チップ法の反省を踏まえた内容となった。従来は総額430億ユーロ(約7兆9895億円)規模の補助金で工場建設を誘致し、2030年までに世界の半導体生産シェアを20%へ引き上げる目標を掲げていた。しかし、大型投資計画の遅延などから目標達成は困難との見方が広がっている。
そのため新版では量的拡大よりも戦略的重要技術への集中に方針転換した。政府調達や防衛・重要産業向けの購入契約を活用し、「欧州設計・欧州製造」の半導体需要を創出する。また、供給網危機時には欧州委員会がメーカーに生産能力や在庫情報の提出を求め、欧州顧客への優先供給を命じられる緊急権限も検討されている。
重点支援分野にはAIチップ、AIアクセラレーター、フォトニック集積回路(PIC)、チップレット技術、先端3Dパッケージング、センサー、パワー半導体、安全通信向けチップなどが含まれる。さらに2030~2033年頃を目標に、先端製造からチップレット統合、3Dパッケージングまでを一貫して行える欧州初の施設整備も構想されている。
ただし資金面の課題は大きい。計画では2035年までに官民合わせて約1200億ユーロの投資を見込むが、2028年以降の資金確保は今後のEU予算交渉に委ねられている。加盟国ごとの財政事情の違いから、補助金競争や工場誘致競争が激化する可能性もある。
一方、「クラウド・AI発展法」は欧州のクラウド主権確立を目指す。EUは今後5~7年でデータセンター容量を現在の3倍に拡大し、2035年までにAI時代を支えるインフラ整備を完了する計画だ。
その中核となるのが「欧州クラウド認証制度」である。データの機密性に応じて4段階の主権レベルを設定し、高いレベルほど域内保存や運営管理権、監査可能性、外国法からの独立性が厳格に求められる。事実上、米国クラウド法の影響を受けるサービスは、防衛や行政、金融など高機密分野の調達から排除される可能性がある。
ただしEUは米国企業を全面的に締め出すわけではない。一般的な業務用途では引き続き米国クラウドの利用を認める一方、高機密領域については欧州主権基準を満たしたクラウドサービスの利用を求める方針だ。
さらにEUは先端AI、フィジカルAI、産業AI、宇宙AIなどの分野で欧州企業を重点支援し、オープンソース技術の採用も拡大することで、米国企業主導のソフトウェア生態系への依存を減らそうとしている。
エネルギー面では、「計算資源と電力の協調運用」という新たな概念も打ち出した。AI向けデータセンターの急増により、EUのデータセンター設備容量は2030年までに約12ギガワットから28ギガワットへ拡大する見込みだ。
そこでEUは、データセンターを単なる大口電力消費者ではなく、電力需給を調整する資源として位置付ける。再生可能エネルギーや蓄電設備との一体整備、長期グリーン電力購入契約(PPA)の活用、余熱利用、需要応答への参加などを促進し、電力網の安定化と脱炭素化を同時に進める考えだ。
もっとも、欧州の送電網の平均使用年数は約50年に達し、電力インフラの老朽化や許認可の遅れ、高い電力コストが依然として大きな障害となっている。専門家の間では、欧州の課題は電力総量ではなく、「必要な場所に必要なタイミングで電力を供給できるかどうか」にあるとの見方が強い。
EUの技術主権戦略は、半導体、クラウド、AI、エネルギーを一体的に捉えた包括的な産業政策であり、米中の技術覇権競争の中で「第三極」の地位を築こうとする試みでもある。しかし、関連法案はいずれも加盟27カ国の承認が必要であり、各国の利害対立や財政負担、米国との関係など多くの課題を抱える。欧州が掲げる「技術主権」の実現は、今後の政治的調整力と実行力に大きく左右されることになりそうだ。




